能登半島周辺の海藻

~能登詞藻庵(のとしそうあん)の海藻日誌~

石川県輪島で採集したキジノオ Phacelocarpus japonicus について

去る2019年12月15日、石川県輪島市まで遠出して、海藻の打ち上げ採集を行ってきました。

その中で、海藻分布として非常に興味深い出来事がありましたので、ここに報告いたします。

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紅藻 キジノオ

輪島市は名舟漁港。

ここ名舟は世に名も高き御陣乗太鼓の発祥の地として知られています。

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御陣乗太鼓発祥の地 記念石碑

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この石碑のすぐ隣にあるのが名舟漁港です。

船揚げスロープに生えている海藻を目当てに漁港に入ったところ、その片隅に山と積まれた打ち上げ海藻を見つけました。

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名舟漁港内の打ち上げ海藻

興味を惹かれひっくり返してみると、思わず新鮮で状態の良い海藻に出会うことが出来ました。

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保存状態良く埋もれていた打ち上げ海藻 この個体はヨレモクか

楽しくなりしばらくゴソゴソ漁っていました。

多くは、

フシスジモク Sargassum confusum

ノコギリモク Sargassum macrocarpum

ヤナギモク Sargassum coreanum

ヤツマタモク Sargassum patens

でした。

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これらホンダワラ類に紛れて、赤い美しい海藻が出てきました。

この紅藻こそ

キジノオ

Phacelocarpus japonicus

でした。

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打ち上げの中から出てきたキジノオ

キジノオは実に美しい海藻です。

以下に採集した個体の写真を載せます。

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キジノオに似た海藻に

タマイタダキ

Delisea japonica

があります。

両種を区別するポイントは以下の通りです。

”キジノオの体は長い枝や、嚢果をつける枝がとげ状の短い枝と枝の間から出る”

千原光雄 1970.標準原色図鑑全集15 海藻 海浜植物.保育社.

確認してみましょう。

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キジノオの枝の出方

キジノオもタマイタダキも、枝は互生的(互い違い)に生じます。

ジグザグに出る枝(黄色の矢印)を追っていくと、その法則に当てはまらない枝が出てきます(青色の矢印)。

これがキジノオの特徴です。

タマイタダキを見てみましょう。

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タマイタダキの枝の出方

タマイタダキは、互生する枝そのものが大きく伸長します。

また嚢果の付き方も大きく異なります。

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キジノオの嚢果の出方

キジノオの嚢果は互生する枝の間より生じます。

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タマイタダキの嚢果の出方

一方タマイタダキは伸長した枝の先に嚢果を付けます。

嚢果を付けた個体の標本や生体写真を私は持っていないので、図中の赤丸のようなイメージです。

キジノオとタマイタダキ、とても良く似た両種ですが、嚢果の位置を確認できれば簡単に同定出来ます。

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学生時代に作成した押し葉

さて面白いのは、今回このキジノオを採集したのが、日本海側である石川県輪島市であったことです。

キジノオは太平洋岸に分布する海藻と私は信じていたので、最初見つけたときは本当に驚きました。

そこで手元にある図鑑で、キジノオの分布を確認しました。

結果は以下の通りです。

 

岡村金太郎 1936.日本海藻誌.内田老鶴圃,東京. 伊勢ヨリ東海道沿岸磐城ニ至ル

吉田忠生 1998.新日本海藻誌.内田老鶴圃,東京. 本州太平洋岸中・南部、九州、朝鮮半島

瀬川宗吉 1977.原色日本海藻図鑑 増補版.保育社. 表日本中部

千原光雄 1990.学研生物図鑑 海藻.学習研究社,東京. 太平洋沿岸中部

千原光雄 1970.標準原色図鑑全集15 海藻 海浜植物.保育社. 太平洋沿岸中部、朝鮮

神谷充伸 2012.海藻 ネイチャーウォッチングガイドブック.誠文堂新光社,東京. 本州太平洋岸中部

横浜康継 2013.海藻ハンドブック.文一総合出版,東京. 本州太平洋沿岸中部

 

やはりキジノオは基本的に太平洋側の海藻であることが分かります。

九州にも分布しているので、対馬暖流に乗って移入してくる機会があるのかもしれません。

また過去に石川県でのキジノオの採集記録がないか調べたところ、のと海洋ふれあいセンターに収蔵されているキジノオ標本が、能登九十九湾産であることが分かりました。

出典:のと海洋ふれあいセンター 研究報告第18号

http://notomarine.jp/center/doc/No18_2012.pdf

しかし確認できた記録はこれだけでしたので、やはり貴重な発見だったのではないかと密かに思っています。

なのでこのブログを通して、漂着個体ではありますが、石川県内での採集記録として、形に残しておきたいと思います。

 

さて、思わずこのような美しい海藻に出会えて、本当にラッキーでした。

これがあるから打ち上げ採集はやめられませんね!

 

追記~2020.09.22~

過去に九十九湾で発見されたキジノオはセンター側の誤同定であったことが後に判明しました。

よってもう1年近く前になりますが、この輪島で採集したキジノオが、少なくとも公式記録としては県内初の個体となりました。

採集した個体は二分し、一方は私個人の腊葉標本に、付着器を含むもう一方はのと海洋ふれあいセンターにこれも標本として寄贈しました。

嚢果も付けていたので、状態のいい個体を拾えて本当にラッキーでした。

偶然とはいえ、日本あるいは日本海側や石川県の海藻相の解明に少しでも貢献できたのであれば、望外の喜びです。