能登産海藻 褐藻 ウスイロモク (Sargassum pallidum) 様個体について
1. はじめに
ホンダワラの仲間に
ウスイロモク
Sargassum pallidum
という種類がいます。
『新日本海藻誌』(吉田忠生 1998)では新潟県から秋田県、島袋(2021)では北は秋田県から南は富山県までに分布するとされている海藻です。
分布域が極めて限られている種類であり、過去には石川県(能登半島)からも報告があるため、ずっと見てみたいと思っていました。
去る2021年8月2日、ついに能登島で海中を漂っている本種様個体を採集することができました。
付着器こそ欠いていましたが、30cmを超える藻体に気胞や葉を多くつけた新鮮で立派な個体でした。
そこでこのウスイロモク様個体の各部分を写真撮影しましたので、近縁種であるフシスジモク(Sargassum confusum)と比較しながら、このブログを借りてみなさまにご報告したいと思います。
2. 藻体
藻体の大きさは約40cmでした。
付着器はなく、茎の部分から千切れて、他のホンダワラ類と共に寄り藻として能登島沿岸の海面を漂っていました。
海中にある状態から、近辺で見られるフシスジモクと比べて、明らかに薄く淡い色合いの葉が目立っていました。
採集したウスイロモク様個体と比べ、フシスジモクは全体的に厚ぼったいように見えます。
押し葉標本にした際の藻体の色にも違いが見られました(図1)。
フシスジモクは標本にすると濃い茶褐色から黒色になります。
新芽や若い葉を有する個体では、その部分だけ多少薄い色になることはありますが、全体で見れば黒色を呈します。
一方で採集したウスイロモク様個体は、下部の葉で少し濃い色になってはいますが、全体として生時の淡い色合いを残しています。
現状、私が作製し保有しているフシスジモクの押し葉標本は約80葉ありますが、このように淡い色合いが残った個体は1個体もありません。
これまで採集してきたフシスジモクとは、大きく異なる性質を有していることが分かりました。
3. 葉
本種の最も大きな特徴が、和名にも冠されている葉の薄さです。
薄い膜質で、色はやや淡色~蒼白いとされています(新井ら 1996, 吉田 1998, 島袋 2021)。
本採集個体でもこの記述に合致する葉が観察されました。
ウスイロモクの名の通り、採集個体は確かに薄い葉を有していました。
しかし対照実験として、同日同浜で採集したフシスジモクにおいても同様に葉の薄さを調べてみました。
結果はフシスジモクにおいても、葉を透かして下の記号が確認されました。
経験的にフシスジモクにおいても、厚みが薄い葉や色の薄い葉を持つ個体が時々見受けられます。
しかしこれは主観的になってしまうのですが、今回採集したウスイロモク様個体は、私がこれまで見てきたフシスジモクと比較して、明らかに薄い葉を有していました。
手触りに関してもより柔らかく、繊細な印象でした。
このように経験的・主観的な判断に基づく同定は正確性を欠く恐れがあります。
一方で人間の目や、いつもと違うぞという違和感・直感は、馬鹿にできないものがあると個人的には思っています。
本採集個体につきましても、葉の薄さの様子だけを以ってウスイロモクと断定することは出来ませんが、必要条件は満たしているものと考えます。
また塩抜きのために真水につけている様子でも、同日に採集したフシスジモクと比べて葉の色の淡さが目立っていました。
4. 葉の変色
もう一つウスイロモクの大きな特徴に、乾燥して傷んだりホルマリン処理をすると緑色になるというものがあります(新井ら 1996, 吉田 1998)。
対してフシスジモクは、乾燥して傷むと黒色になります(私信)。
本採集個体でも、採集直後と塩抜き処理後では、葉の色に変化が見られました。
上部の葉の先端から、緑色になっていきました(図2)。
塩抜きの時間を伸ばせば、更に広く緑色に変わっていったと思われます。
この緑色は押し葉標本になっても若干残っています。
一方フシスジモクでも、まれに緑色になる場合があります。
それは硫酸に曝された時や高温の水に浸かった時です。
私は以前、褐藻ケウルシグサ(Desmarestia viridis)を打ち上げ採集した際、フシスジモクと一緒の袋に入れて持ち帰るという実験をしました。
すると見事に葉や生殖器床が緑色に染まりました。
しかしその個体も押し葉標本にすると、結局他のフシスジモク同様、黒色になっていました(図3)。
また塩抜きしているバケツが、夏場の直射日光で高温になった際も、藻体が緑色になることがあります。
この場合でも押し葉にすれば、フシスジモクらしい黒色となります。
時間経過とともに緑色となり、押し葉の状態でもその緑色が持続している本採集個体は、通常のフシスジモクと大きく異なっていると考えられます。
5. 茎と主枝
他にもウスイロモクが持つ大きな特徴の一つが、茎からの主枝の出方です。
新井ら(1996)によると、ウスイロモクは茎から立体的に主枝を出します。
ただしこの点は資料によって差があり、『新日本海藻誌』(吉田忠生 1998)では
主枝は茎の両側に互生的に生じ...
と記述されていて、平面的に主枝が生じるニュアンスになっています。
今回採集したウスイロモク様個体は立体的に主枝を茎から出していました(図4)。
フシスジモクは基本的には平面的に主枝を出しますが(新井ら 1996, 吉田 1998)、時に立体的に主枝を出す個体もいます。
故に主枝の出方が立体的であるからといって、必ずしもウスイロモクであるとは断言出来ないことに留意しなければなりません。
とはいえウスイロモクである必要条件は満たしていると言えるでしょう。
6. 主枝上の棘
ウスイロモクの主枝の表面には棘が生じないとされています(新井ら 1996, 吉田 1998, 島袋 2021)。
一方フシスジモクは基本的に主枝に棘を有します(新井ら 1996, 吉田 1998, 島袋 2019)。
今回の採集個体では、主枝表面に棘は見られませんでした(図5)。
一見棘状に見えているのは、葉や側枝の脱落痕です。
主枝や側枝表面の棘は、フシスジモクを同定する際の非常に重要な形質の一つです。
ただしこの形質についても、フシスジモクの中には成長段階や環境、地域によって棘を持たない個体がいます。
しかしこの場合でも、押し葉標本にすると一般のフシスジモク同様黒色になるので、ウスイロモクと区別することは可能であると考えますが、やはり注意が必要です(図6)。
棘に関しても採集個体は必要条件を満たしていると言えるでしょう。
7. まとめ
ここまで挙げた他にもいくつかの特徴をウスイロモクは持っています。
まず気胞の大きさで、ウスイロモクの方がより大きな気胞を持つとされます(吉田 1998, 島袋 2021)。
本採集個体も体感的にフシスジモクより大きな気胞を有している気がしていますが、正確な数値をもって区別する術は現状無く、主観的な要素も大きいので、今回は詳しく見ることはしませんでした。
一般的には、ウスイロモクの気胞は葉腋から1つ生じるとされています(吉田 1998)。
本採集個体でもその特徴が認められましたが、生育段階によって変化することも多い形質かと思われます。
また冠葉は持たないか、時に棘状の小さな突起を持つとされています(吉田 1998)。
本採集個体では、すべての気胞は円頂で冠葉を有していませんでした。
新芽の出し方にも近縁種であるフシスジモクとの違いがあり、ウスイロモクは付着器の縁辺から直接新芽を出します(新井ら 1996)。
対してフシスジモクやフシイトモク(Sargassum microceratium)は、付着器の縁辺から短い繊維状突起を伸ばし、そこから新芽を出します。
本採集個体は付着器を欠いていたため、この形質を確認することは出来ませんでした。
以上、今まで比べてきた特徴をまとめたものが表1です。
今回採集した個体はこれらの特徴を総合的に勘案した結果、
ウスイロモク
Sargassum pallidum
であると、個人的には判断しました。
ただし私は専門家ではなく素人であるため、誤同定の可能性も十分にあります。
ただネット上にあまりにもウスイロモクの情報が少ないため、議論の叩き台になる目的も含めて、これらの情報を公開したいと思います。
ご意見・ご感想、大歓迎です。
この採集個体以外に、3年前にも怪しい個体を見かけました。
これらの個体は、いずれも極めて柔らかく繊細な葉をつけていました。
押し葉にしても緑色~薄い茶褐色のままなので、もしかしたら可能性があるかもしれません。
それから2年半ぶりの採集となりましたので、採集機会が極めて限られているウスイロモク。
これからも打ち上げ拾いを続けていけば、またいずれ出会えるかも知れません。
また続報があれば、追記していきたいと思います。
参考文献:
新井章吾, 筒井功, 寺脇利信 1996.能登半島に生育するホンダワラ類の概要と生態的視点を背景とした検索表. のと海洋ふれあいセンター研究報告 2:7-16.
島袋寛盛 2019.日本産温帯性ホンダワラ属 17回目:フシスジモク. 海洋と生物 41: 543-549.
島袋寛盛 2021.日本産温帯性ホンダワラ属 26回目:ウスイロモク. 海洋と生物 43: 321-326.