能登半島周辺の海藻

~能登詞藻庵(のとしそうあん)の海藻日誌~

高知県立牧野植物園へ行ってきた ~展示編~

 

去る2023年7月11日12日にかけて、高知県にある高知県立牧野植物園へ行ってまいりました。

海藻の採集旅行の途中ということもあり、11日は50分弱、12日も1時間30分程度と少ししかいられませんでしたが、常設展示やミュージアムショップでのグッズ購入を楽しみました。

そこでこのブログ上で、

①常設展示

②購入グッズ

をそれぞれ紹介したいと思います。

なお園内に生えている様々な植物種は時間の都合でほとんど見られなかったので、また別の機会にゆっくり見てまわりたいと思います。

※たぶんじっくり見ようとすると、最低でも半日は必要です。

正門入ってすぐの看板

今回は①常設展示を見ていきます。

まず言うと園内順路が良く分からなくて、初めての人はどこにどう行けばいいか、よく分からないと思います。

自分も全然分からなくて、初日は閉園時間ぎりぎりに入ったので、行きたい施設にたどり着けませんでした。

やはり牧野植物園は時間にゆとりをもって行かれることをおすすめします。

入園券

11日の閉園時間間際に行った時は、窓口で直接料金を払い、写真左の入園券をもらいました。12日は朝から行きましたが、同じ窓口で今度は自動発券機からの購入を案内されました。そして写真右の入園券が発券されました。

2種類もらえてラッキー。

なお一般の入園料は730円ですが、JAFの会員カードを見せると100円引きになります。

正門から入った場合、この正門のある建物が本館になります。

本館脇にあるオブジェ

この本館を抜けて、スロープをまっすぐ降りていくと展示館があります。

その道中にも色々な植物が植えられています。

小高い山の上にある牧野植物園。見晴らしも最高だ。

展示館目の前にスエコザサを発見!

 

世の中のあらん限りやスエコ笹

 

糟糠の妻である壽衛子を思って詠んだこの歌。

実物を目の前にすると、胸に迫るものがあります。

展示館入ってすぐにあるのが、牧野博士が最晩年を過ごした書斎の再現。

自分こういう部屋大好き。

いい感じに要塞化されていますね。

自分も最期死ぬときは、部屋をこういう感じにしたいです…

いや男の子なら誰だって多少はあるでしょ...

ジャンルが植物か昆虫か魚か貝かおもちゃか、色々あるとは思いますが...

行李に標本を挟んだ大量の新聞...

いい...

しびれるわ...

こっちは大量の吸い取り紙。

あぁ、押し葉を作る環境が整えられている、まごうことなき要塞

わかる、わかります、牧野博士。

その場ですっと押し葉に出来る環境が欲しいんですよね。

ちょっと気分で採ってきて、その足ですぐ押し葉にすることとかあるのよ。

だからすぐ手の届く範囲に、押し葉作りツールが置かれているの、まじ共感する。

大量の書物。

牧野博士は大変な書籍の蒐集家でもあられた。

わかる。手元に置いておきたいのわかる

(まぁ、ここら辺は人の性格にもよるが...)

乱雑におかれた胴乱もいい...

すぐにでも胴乱、野冊を引っ提げて採集に出かけそうだ。

活かし箱(手前、見切れ)と仕事机。

仕事道具でいっぱいになった机、自分大好き

ミニマリスト

何を寝ぼけたことを言っている?

自分はマキシマリスを目指します。

もうこの書斎見れただけで、自分、感動しました

これは長野へ採集旅行へ行った牧野博士が、お壽衛さん(自宅)に送った標本の宛書。

うおお、いっぱい採るとこうして送るんだよね。

100年前とかでもちゃんと国内郵便や配達が機能しているのすごいなぁ。

採集の記録がこういう形でも残されるのは、たいへん興味深い。

自分も今回の高知海藻遠征では数回ヤマトのクール宅急便を使わせてもらった。

今回あっつ過ぎて、クーラーボックスに入れているとはいえ、こりゃすぐ傷む!と思いすぐヤマトに持ち込んでいた。

(しかし最後の場所での打ち上げ品を宅配代ケチって2~3日連れ回していたら、家に着いたら若干傷んでしまっていた!馬鹿なことをした...)

昔は海藻も宿に持ち帰って押し葉にしたと、山田幸男先生の文章で読んだことがある。今は便利な世の中になったものだ。

博士の採集や押し葉作製グッズ。

「らんまん」効果で、こういう展示を見る人も増えたのではないだろうか。

博士の忘れてはならない大きな功績の一つが、全国にまたがる植物ネットワークを作ったことだろう。

全国各地の有志・知人から標本を送ってもらい、また各地に植物同好会を作り、日本の植物相の解明に大学の偉い先生だけではなく、在野の名もなき人々が持てる限りの力を尽くした...

プロジェクトXや...

熱い時代や...

海藻だって、当時はきっとそうだったんだろう...

翻って現代、陸上植物ですら在野のハイアマチュアは先細りにあると聞く。

海藻は更に危機的状況にあるのではないかと、たいへんに危惧している。

海洋環境の変化に伴い、現代こそ、むしろより日本各地の定点定期的な観測が求められているはずだ。

自分は大したことは出来ないが、それでも北陸在住のいち海藻ファンとして、打ち上げ拾いを続けていくモチベーションとなる展示だった。

その他、図鑑関連の資料も充実していた。

押し葉の展示もあるが、比較的少数だ。

海藻もそうだけど、あんまり押し葉って数展示されてないんだよなぁ...

人の作った押し葉たくさん見たいのに...

なかなか一般人が何となくで標本庫で押し葉見せてもらえないでしょう?

牧野博士は押し葉も一流と聞く。

企画展が来るのを待つしかないか...

というわけで、前編となる展示編でした。

本当は園内にはまだまだ、温室や広大な野外順路があるのですが、今回は見てまわれませんでした。

また今度、おもしろい企画展がある際などに再訪したいと思います。

なお園は山のてっぺんにあるので、道中、車の運転が怖い場所が少しあります。

一方通行になっているので、焦らずに運転すれば大丈夫です。

次は購入したグッズを紹介したいと思います。

ありがとうございました。

 

おまけ

これは恥ずかしながら自分の作業机の周り。

今は高知へ行く前に冷凍庫を空けるため、大量に押し葉を作った影響で、さらしなどが少なくなっている。

個人でやっていく上で重要なのは、いかに手軽に気軽に、標本を作ることが出来るシステマチックな環境を整えられるかにあると思う。

牧野博士は自然とそれを体現しておられる。

能登半島周辺の褐藻 ウスイロモク(Sargassum pallidum)について 第1回 ~ウスイロモクの季節消長~

※このページの文章は専門家による監修を受けていません。参考としてご覧ください。

 

能登半島周辺に生育するホンダワラの仲間に

ウスイロモク

Sargassum pallidum

という種類がいます。

本種は国内での生育範囲が秋田県~石川県・富山県までとされており、日本海の限られた範囲にしか分布していません。

そのため本種についての詳しい情報は限られており、島袋(2021)によると、ウスイロモクが生育しているという単発的な調査報告はあるものの、季節消長などの生態的特徴を調査した例はほとんどないのが現状です。

そこで筆者は2021年の9月から富山県氷見~石川県能登島までを中心とした範囲で本種の打ち上げ採集を出来る限り毎月行い、幸いに1~12月の各月において打ち上げ藻体を得ることが出来ました。

また藻体各部の形態写真もまとまってきたので、本種の様々な形態的・生態的特徴を各テーマごとに別けて、このブログ上に発表していく予定です。

第1回のテーマは「ウスイロモクの季節消長」です。

得られた打ち上げ藻体から、本種の成長過程、季節による形態変化、成熟期間などが少しずつ分かってきました。

以下に各月ごとの腊葉標本を並べ、その季節消長を示します。

なお月によっては得られた打ち上げ藻体数が1~2個体の月もあり、図中にある”低年級~高年級”の比較は厳密なものではなく、あくまでも筆者の主観による大まかな目安であることをお断りいたします。

また生殖器床を付けていた標本に関しては、採集年の前に赤丸を付しました。

簡単にまとめると

①藻体

春から新葉が伸長していき、夏から秋にかけても本種は成長が進んでいるように感じる。

冬には藻長が大幅に伸長し、成熟が始まる。

そして翌年の春に放卵し、葉と生殖器床を含む枝は次々と脱落していく。

一方で茎からは新芽が育っており、この新芽が旧葉の脱落と並行して伸長し始める。

以下このサイクルの繰り返しである。

本種は明らかに多年生である。

茎は年を重ねるごとに伸長し、去年以前の主枝の脱落痕が明瞭に観察される。

幼胚から発生した幼体の成長の様子は、残念ながら筆者はまだ明らかに出来ていない。

 

②葉

幅の広い鈍円の新葉は、春以降に古い枝が脱落するのと並行して伸長し始める。

夏以降は徐々に葉幅が狭まり始め、縁辺には鋸歯が目立ち始める。個体によっては重鋸歯となる。

冬になると藻体上部から小型化していき、葉幅も大幅にせまくなり、縁辺の鋸歯は小さく、あるいは全縁となる。

また春から成長が進み主枝が伸長すると、茎近くの主枝下部から直接生える葉や側枝は脱落し、主枝の中部~上部にのみ葉ないし側枝が付くようになる。

さらに葉の質は成長度合いによって変化し、新葉~若い葉では硬く、折り曲げるとカバノリのようにパキッと割れる。また縁辺が強く波打つものも多い。一方で冬場に見られる全縁で葉幅の狭い葉では、藻体の上下を通して質は柔らかくたおやかである。縁辺が波打つこともない。

 

生殖器

2023年6月現在、最も早くて2月から生殖器床の形成を確認している。

早ければ4月には生殖器床自体が枯死し、中心の芯だけを残して流失している個体も見られるので、この前後の時期には放卵していると予測される。

生殖器床は今のところ6月まで藻体に残っているのを確認している。7月にはもうない。

 

④その他雑感

本種はその打ち上げの様子から見て、夏場でもある程度の葉を持った藻体を維持していると思われ、夏枯れによって林床が貧弱になった海中において、魚などの貴重な隠れ場所になっている可能性がある。

 

今後は藻体各部の形態や季節による変化、近縁種であるフシスジモクとの相違点を紹介していく予定です。

最後に国内のウスイロモクの生態・形態について書かれた論文を以下に紹介します。

このシリーズはこれらの論文を参考にしています。

 

新井章吾, 筒井功, 寺脇利信 1996. 能登半島に生育するホンダワラ類の概要と生態的視点を背景とした検索表. のと海洋ふれあいセンター研究報告 2:7-16.

島袋寛盛 2021. 日本産温帯性ホンダワラ属 26回目:ウスイロモク. 海洋と生物 43: 321-326.

Yoshida, T. 1983. Japanese species of Sargassum subgenus Bactrophycus (Phaeophyta, Fucales). Journal of the Faculty of Science Hokkaido University Series V (Botany) 13: 99-246.

吉田忠生 1985. ホンダワラ類の分類と分布(4).Teretia節-1.海洋と生物 37: 106-109.

吉田忠生 1998. 新日本海藻誌. 内田老鶴圃, 東京.

2022年3月23日 富山県 氷見市

2022年5月1日 富山県 氷見市

2022年7月24日 富山県 氷見市

2021年10月31日 富山県 氷見市

2021年12月10日 石川県 能登島

 

海藻はんこを落款にしてみた

突然ですが日本郵便

手作り風はんこ作成ツール

https://nenga.yu-bin.jp/hanko_enter/

をご存知ですか。

手持ちの画像をはんこ風に変換してくれて、めちゃくちゃ楽しいサイトです。

そのはんこ画像、落款としても使えそうでしたので、試しに作ってみました。

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どうでしょう、クレジットの横に入れてみました。

元のはんこ画像はこちらです。

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このはんこ画像は手持ちのユカリの写真から作りました。

まだまだたくさん作ったので、いつかの機会に紹介したいです。

能登半島産海藻 褐藻 ウスイロモク (Sargassum pallidum) の年級比較-改訂版-

2021年の9月30日以降、ここ約一ヶ月半の間、石川県と富山県にまたがる富山湾西部海域沿岸で、ウスイロモク(Sargassum pallidum)の大量打ち上げが続いています。

枝切れまで含めると、今日(2021年11月14日)までに150以上の藻体を打ち上げ採集しています。

この内約20個体については、盤状付着器が残っていました。

そこで押し葉にし終わった18個体の写真を掲載します。

様々な年級の個体が含まれていました。

また季節が進むにつれ、葉の幅はより狭く、小さくなってきている印象です。

そこで付着器付きの個体のみではありますが、

・年級の違い

・季節の進み具合による違い

を可視化するために、押し葉標本を並べてみました。

それが下の写真です。

この大量打ち上げはいつまで続くのでしょうか...

気力が続く限り調べていきたいです。

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波穏やかな富山湾
この海の奥深くに、ウスイロモクはひっそりと生えているのだ。

能登産海藻 紅藻 クシノハ(Dasyclonium flaccidum) の写真

紅藻

クシノハ

Dasyclonium flaccidum

 

採集日:2021年10月9日

採集場所:石川県能登半島

着生基質:ウスイロモク(Sargassum pallidum)

 

2枚目と3枚目は四分胞子嚢と嚢果なのかな?

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めっちゃ小さい

海藻サイアノタイプ その1

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サイアノタイプという写真の撮影方法があります。

サイアノタイプは青写真や日光写真とも呼ばれ、その美しい青色から多くの人に愛されています。

イギリスのアンナ・アトキンス[Anna Atkins](1799~1871)は植物学者にして「世界で最初の女性写真家」としても知られています。

彼女が1842年に自費出版した『Photographs of British Algae: Cyanotype Impressions』は、題名通りイギリスに生育する海藻をサイアノタイプで撮影し、それをまとめた写真集です。

その美しい写真の数々に私は大変感銘を受けました。

そこで自分でも作ってみたので、ここ2週間の間に出来上がった分をまとめました。

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フシスジモク

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フシスジモク

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マメタワラ

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ジョロモク

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紅藻の一種(ヒカゲノイト?)

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ナラサモ

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エンドウモク

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フシスジモク

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カギケノリ

ここまで載せた写真は、水洗してすぐにスマホで撮影したものです。
乾燥させると、少し違った青味になります。

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乾燥後

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水洗の様子

アンナ・アトキンスさんの作品は乾燥後も濃い青色のままです。

台紙や試薬、感光時間など、工夫する余地はたくさんあるので、これからも色々試していきたいと思います。

サイアノタイプおもしろいですね。

普通にデジカメで撮影するのとはまた違った、海藻の美しさを楽しめます。

余分な情報を排した、その海藻が持つ自然(じねん)のシルエットと、深い海の青色がいいです。

また作りためたらまとめていこうと思います。

 

おまけ

アンナ・アトキンスさんに関する書籍には以下のものがあります。

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Sun Gardens: Cyanotypes by Anna Atkins

  • 出版社 ‏ : Prestel 
  • 発売日 ‏ : 2018/11/5

アンナ・アトキンス女史の主要なサイアノタイプ作品が収録されています。

女史に関する解説も充実。

大型本で、見開きいっぱいに美しいサイアノタイプが印刷されていて、青色の世界に没入できます。

2年前はAmazonで8000円しないくらいで買えましたが、残念ながら現在はプレミア価格となっています。

英文です。

www.amazon.co.jp

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Cyanotypes Of British Algae: The Cyanotypes Of Pioneering Photographer Anna Atkins: Anna Atkins' Algae Cyanotypes

  • 出版社 ‏ : Independently published
  • 発売日 ‏ : 2021/8/23

こちらは最近出たばかりの一冊です。

冒頭にも紹介した『Photographs of British Algae: Cyanotype Impressions』やその他アトキンス女史が発表した多数の海藻サイアノタイプが収められています。

250葉近くの海藻や陸上植物のサイアノタイプ写真を見ることが出来ます。

しかし上の写真の通り、モノクロ写真での掲載であり、カタログ感は否めませんが、アトキンス女史のサイアノタイプ写真は代表的なもの以外は目にする機会がほとんどないので、貴重な一冊だと思います。

値段も1500円程度なので、気軽に購入できると思います。

英文。ペーパーバック。

https://www.amazon.co.jp/Cyanotypes-British-Algae-Pioneering-Photographer/dp/B09DFL5B4G/ref=sr_1_8?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=WN0VJOSEJ8XA&dchild=1&keywords=cyanotype&qid=1631713128&rnid=2321267051&s=books&sprefix=Cyanotyp%2Caps%2C322&sr=1-8

 

みんなも作ろう海藻サイアノタイプ。

能登産海藻 褐藻 ウスイロモク (Sargassum pallidum) 様個体について

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1. はじめに

ホンダワラの仲間に

ウスイロモク

Sargassum pallidum

という種類がいます。

『新日本海藻誌』(吉田忠生 1998)では新潟県から秋田県、島袋(2021)では北は秋田県から南は富山県までに分布するとされている海藻です。

分布域が極めて限られている種類であり、過去には石川県(能登半島)からも報告があるため、ずっと見てみたいと思っていました。

去る2021年8月2日、ついに能登島で海中を漂っている本種様個体を採集することができました。

付着器こそ欠いていましたが、30cmを超える藻体に気胞や葉を多くつけた新鮮で立派な個体でした。

そこでこのウスイロモク様個体の各部分を写真撮影しましたので、近縁種であるフシスジモク(Sargassum confusum)と比較しながら、このブログを借りてみなさまにご報告したいと思います。

2. 藻体

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生体写真

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押し葉標本写真

藻体の大きさは約40cmでした。

付着器はなく、茎の部分から千切れて、他のホンダワラ類と共に寄り藻として能登島沿岸の海面を漂っていました。

海中にある状態から、近辺で見られるフシスジモクと比べて、明らかに薄く淡い色合いの葉が目立っていました。

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海中での藻体の様子

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海中での藻体の様子 その2

採集したウスイロモク様個体と比べ、フシスジモクは全体的に厚ぼったいように見えます。

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同日同浜に自生していたフシスジモク

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県内の別の浜のフシスジモク

押し葉標本にした際の藻体の色にも違いが見られました(図1)。

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図1 採集したウスイロモク様個体とフシスジモクの押し葉標本の比較

A:本採集個体 2021年8月 石川県能登島

B:フシスジモク 2019年4月 石川県能登島

C:フシスジモク 2021年4月 石川県七尾市

D:フシスジモク 2020年1月 石川県能登町

フシスジモクは標本にすると濃い茶褐色から黒色になります。

新芽や若い葉を有する個体では、その部分だけ多少薄い色になることはありますが、全体で見れば黒色を呈します。

一方で採集したウスイロモク様個体は、下部の葉で少し濃い色になってはいますが、全体として生時の淡い色合いを残しています。

現状、私が作製し保有しているフシスジモクの押し葉標本は約80葉ありますが、このように淡い色合いが残った個体は1個体もありません。

これまで採集してきたフシスジモクとは、大きく異なる性質を有していることが分かりました。

3. 葉

本種の最も大きな特徴が、和名にも冠されている葉の薄さです。

薄い膜質で、色はやや淡色~蒼白いとされています(新井ら 1996, 吉田 1998, 島袋 2021)。

本採集個体でもこの記述に合致する葉が観察されました。

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海中での様子1 薄い葉が見てとれる

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海中での様子2 主枝下部の葉も薄いことが分かる

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葉の様子

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上部の葉 下の記号が透けて見える

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下部の葉 上部の葉よりは厚いがそれでも透けて見える

ウスイロモクの名の通り、採集個体は確かに薄い葉を有していました。

しかし対照実験として、同日同浜で採集したフシスジモクにおいても同様に葉の薄さを調べてみました。

結果はフシスジモクにおいても、葉を透かして下の記号が確認されました。

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フシスジモクの葉 本種でも下の記号が透けて見える

経験的にフシスジモクにおいても、厚みが薄い葉や色の薄い葉を持つ個体が時々見受けられます。

しかしこれは主観的になってしまうのですが、今回採集したウスイロモク様個体は、私がこれまで見てきたフシスジモクと比較して、明らかに薄い葉を有していました。

手触りに関してもより柔らかく、繊細な印象でした。

このように経験的・主観的な判断に基づく同定は正確性を欠く恐れがあります。

一方で人間の目や、いつもと違うぞという違和感・直感は、馬鹿にできないものがあると個人的には思っています。

本採集個体につきましても、葉の薄さの様子だけを以ってウスイロモクと断定することは出来ませんが、必要条件は満たしているものと考えます。

また塩抜きのために真水につけている様子でも、同日に採集したフシスジモクと比べて葉の色の淡さが目立っていました。

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左:フシスジモク 右:ウスイロモク様個体

4. 葉の変色

もう一つウスイロモクの大きな特徴に、乾燥して傷んだりホルマリン処理をすると緑色になるというものがあります(新井ら 1996, 吉田 1998)。

対してフシスジモクは、乾燥して傷むと黒色になります(私信)。

本採集個体でも、採集直後と塩抜き処理後では、葉の色に変化が見られました。

上部の葉の先端から、緑色になっていきました(図2)。

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図2 採集数時間後(A)と一晩塩抜き後(B)のウスイロモク様個体

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塩抜き後に緑色に変色した葉の様子1

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塩抜き後に緑色に変色した葉の様子2

塩抜きの時間を伸ばせば、更に広く緑色に変わっていったと思われます。

この緑色は押し葉標本になっても若干残っています。

一方フシスジモクでも、まれに緑色になる場合があります。

それは硫酸に曝された時や高温の水に浸かった時です。

私は以前、褐藻ケウルシグサ(Desmarestia viridis)を打ち上げ採集した際、フシスジモクと一緒の袋に入れて持ち帰るという実験をしました。

すると見事に葉や生殖器床が緑色に染まりました。

しかしその個体も押し葉標本にすると、結局他のフシスジモク同様、黒色になっていました(図3)。

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図3 ケウルシグサ(Desmarestia viridis)の硫酸により変色したフシスジモクの枝葉(A)と同一個体の押し葉標本(B)。緑色は消え、真っ黒になっている。

また塩抜きしているバケツが、夏場の直射日光で高温になった際も、藻体が緑色になることがあります。

この場合でも押し葉にすれば、フシスジモクらしい黒色となります。

時間経過とともに緑色となり、押し葉の状態でもその緑色が持続している本採集個体は、通常のフシスジモクと大きく異なっていると考えられます。

5. 茎と主枝

他にもウスイロモクが持つ大きな特徴の一つが、茎からの主枝の出方です。

新井ら(1996)によると、ウスイロモクは茎から立体的に主枝を出します。

ただしこの点は資料によって差があり、『新日本海藻誌』(吉田忠生 1998)では

主枝は茎の両側に互生的に生じ...

と記述されていて、平面的に主枝が生じるニュアンスになっています。

今回採集したウスイロモク様個体は立体的に主枝を茎から出していました(図4)。

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図4 ウスイロモクとフシスジモクの茎からの主枝の出方の違い

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ウスイロモク様個体 別アングル写真

フシスジモクは基本的には平面的に主枝を出しますが(新井ら 1996, 吉田 1998)、時に立体的に主枝を出す個体もいます。

故に主枝の出方が立体的であるからといって、必ずしもウスイロモクであるとは断言出来ないことに留意しなければなりません。

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立体的に主枝を出すフシスジモク 2020年10月 北海道稚内市

矢印:立体的に茎から出る主枝

とはいえウスイロモクである必要条件は満たしていると言えるでしょう。

6. 主枝上の棘

ウスイロモクの主枝の表面には棘が生じないとされています(新井ら 1996, 吉田 1998, 島袋 2021)。

一方フシスジモクは基本的に主枝に棘を有します(新井ら 1996, 吉田 1998, 島袋 2019)。

今回の採集個体では、主枝表面に棘は見られませんでした(図5)。

一見棘状に見えているのは、葉や側枝の脱落痕です。

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図5 ウスイロモクとフシスジモクの主枝表面の様子

主枝や側枝表面の棘は、フシスジモクを同定する際の非常に重要な形質の一つです。

ただしこの形質についても、フシスジモクの中には成長段階や環境、地域によって棘を持たない個体がいます。

しかしこの場合でも、押し葉標本にすると一般のフシスジモク同様黒色になるので、ウスイロモクと区別することは可能であると考えますが、やはり注意が必要です(図6)。

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図6 主枝に棘を持たないフシスジモク(A)とその押し葉標本(B)

2021年3月 石川県輪島市

棘に関しても採集個体は必要条件を満たしていると言えるでしょう。

7. まとめ

ここまで挙げた他にもいくつかの特徴をウスイロモクは持っています。

まず気胞の大きさで、ウスイロモクの方がより大きな気胞を持つとされます(吉田 1998, 島袋 2021)。

本採集個体も体感的にフシスジモクより大きな気胞を有している気がしていますが、正確な数値をもって区別する術は現状無く、主観的な要素も大きいので、今回は詳しく見ることはしませんでした。

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本採集個体の気胞の様子

一般的には、ウスイロモクの気胞は葉腋から1つ生じるとされています(吉田 1998)。

本採集個体でもその特徴が認められましたが、生育段階によって変化することも多い形質かと思われます。

また冠葉は持たないか、時に棘状の小さな突起を持つとされています(吉田 1998)。

本採集個体では、すべての気胞は円頂で冠葉を有していませんでした。

 

新芽の出し方にも近縁種であるフシスジモクとの違いがあり、ウスイロモクは付着器の縁辺から直接新芽を出します(新井ら 1996)。

対してフシスジモクやフシイトモク(Sargassum microceratium)は、付着器の縁辺から短い繊維状突起を伸ばし、そこから新芽を出します。

本採集個体は付着器を欠いていたため、この形質を確認することは出来ませんでした。

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茎の部分でちぎれている

以上、今まで比べてきた特徴をまとめたものが表1です。

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表1

今回採集した個体はこれらの特徴を総合的に勘案した結果、

 

ウスイロモク

Sargassum pallidum

 

であると、個人的には判断しました。

ただし私は専門家ではなく素人であるため、誤同定の可能性も十分にあります。

ただネット上にあまりにもウスイロモクの情報が少ないため、議論の叩き台になる目的も含めて、これらの情報を公開したいと思います。

ご意見・ご感想、大歓迎です。

 

この採集個体以外に、3年前にも怪しい個体を見かけました。

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2018年12月 石川県能登島 個体A

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2018年12月 石川県能登島 個体A

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2018年12月 石川県能登島 個体A

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2018年12月 石川県能登島 個体B

当時はフシスジモクと同定した

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2019年1月 石川県能登島 個体C

これらの個体は、いずれも極めて柔らかく繊細な葉をつけていました。

押し葉にしても緑色~薄い茶褐色のままなので、もしかしたら可能性があるかもしれません。

それから2年半ぶりの採集となりましたので、採集機会が極めて限られているウスイロモク。

これからも打ち上げ拾いを続けていけば、またいずれ出会えるかも知れません。

また続報があれば、追記していきたいと思います。

 

参考文献

吉田忠生 1998.新日本海藻誌.内田老鶴圃,東京.

新井章吾, 筒井功, 寺脇利信 1996.能登半島に生育するホンダワラ類の概要と生態的視点を背景とした検索表. のと海洋ふれあいセンター研究報告 2:7-16.

島袋寛盛 2019.日本産温帯性ホンダワラ属 17回目:フシスジモク. 海洋と生物 41: 543-549.

島袋寛盛 2021.日本産温帯性ホンダワラ属 26回目:ウスイロモク. 海洋と生物 43: 321-326.