能登半島周辺の海藻

~能登詞藻庵(のとしそうあん)の海藻日誌~

能登半島周辺の エンドウモク Sargassum yendoi について~2021.03.02 改訂二版~

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日本に産する南方系ホンダワラ類の中で、本州でも一般によく観察される種類に

エンドウモク

Sargassum yendoi

があります。

私が初めてエンドウモクについての記事を書いてから1年以上が経過しました。

この間に生殖器床を付けた個体を採集したり、付着器を有する個体を更に複数観察することが出来ました。

また日本国内で流通している図鑑や発表された総説、ホームページはその多くが太平洋岸で採集された個体を用いて解説されています。

日本海側のエンドウモク個体を試料とした例は少ないのが現状です。

そこで新たに日本海側のエンドウモクを紹介することを目的とし、過去の記事を全面的に改訂して、2021年3月現在の最新バージョンとして公開することにしました。

過去記事は記録としてそのまま残すので、よろしければ以下のリンクからどうぞ。

1.藻体

能登半島周辺において打ち上げ採集でエンドウモクを拾うと、小さくて1m、大きいと2~3mを超える個体があります。

過去に自分が打ち上げ採集で得た最大の個体は、葉長が360cm(付着器欠)でした。

ところが図鑑を開くと、多くは大きさについて40~60cm程度と記してあります。

以下に各図鑑のエンドウモクの高さ(大きさ)を示します。


瀬川宗吉 1977.原色日本海藻図鑑 増補版.保育社. 40~50cm
千原光雄 1990.学研生物図鑑 海藻.学習研究社,東京. 50~60cm
千原光雄 1970.標準原色図鑑全集15 海藻 海浜植物.保育社. 50~60cm
田中次郎 2004.日本の海藻 基本284.平凡社,東京. 0.5~1m
島袋寛盛 2014.日本産南方系ホンダワラ属 11回目:平たい主枝をもつエンドウモク. 海洋と生物 36: 403-407. 40~60cm

 

なぜ図鑑の表記と打ち上げ個体とで数字の乖離があるかというと、図鑑は太平洋岸で採集された個体を元にしているからです。

現実では日本海側と太平洋岸でエンドウモクはその大きさに顕著な違いがあり、日本海側では藻体がより大きく成長する傾向にあります。

またこれは私見ですが、側枝が分枝する間隔も日本海側の個体の方がより広いと思っています。

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ラベルはノコギリモクだがエンドウモクの誤同定

石川県 かほく市 2019.04.03 打ち上げ採集

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石川県 能登島 2021.01.22 打ち上げ採集

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富山県 氷見 2021.02.12 打ち上げ採集

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石川県 能登島 2021.01.22 打ち上げ採集

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複雑に絡み合った巨大な藻体

石川県 かほく市 2019.04.03 打ち上げ採集

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石川県 かほく市 2020.01.09 打ち上げ採集

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富山県 氷見 2021.02.28 打ち上げ採集 葉長360cm

珠洲などの奥能登では付着器を備えた完全な個体が打ち上がることも多いです。

しかし私の住む石川県中部ですと千切れた枝先だけが流れ着くことがほとんどです。

またアカモクやノコギリモク、ヨレモク、フシスジモクといった他のホンダワラ類に比べ、打ち上がる頻度は極めて低いと感じています。

2.付着器

一般にエンドウモクは盤状の付着器を有するとされています*1*2

能登半島周辺で打ち上げ採集したエンドウモク各個体は、以下のような形状の付着器を有していました。

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個体No.1 石川県 能登島 2019.12.21 打ち上げ採集

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個体No.2 石川県 能登島 2019.12.21 打ち上げ採集

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個体No.3 石川県 能登島 2021.01.06 打ち上げ採集

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個体No.4 石川県 九十九湾 2021.02.19 打ち上げ採集

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個体No.5 石川県 九十九湾 2021.02.19 打ち上げ採集

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個体No.6 石川県 九十九湾 2021.02.19 打ち上げ採集

盤状から小さな円錐状、こぶ状、輪郭不明瞭な個体まで形態に幅が認められます。

基質としている貝類の形に合わせて立体的な形状に見えることもあるようです(個体No.5)。

サンプルが打ち上げ個体のみの為バイアスがかかっている可能性もあるので、より多くの個体や海中での生体の観察が望まれます。

とはいえ典型とされる盤状根を持つ個体も確かに生育しているようです。

3.茎

茎は円柱形で付着器から1本(まれに2~3本)が直立して伸び、表面はいぼ状になるとされます*3*4

この特徴は採集した個体すべてで共通して観察されました。

また茎は分枝することも多数ありました。

以下の写真の個体は全て石川県九十九湾産、採集日は2021年2月19日です。

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エンドウモクの付着器から生じる茎

茎表面に見られるいぼ状突起は、主枝もしくは葉の脱落痕であると思われます。

よって越年数が多い個体ほど茎が伸長し、脱落痕も多くなる傾向にあると推察されます。

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茎から生じる主枝といぼ状突起の様子

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1年目藻体と茎

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越年藻体と茎

1年目藻体と越年藻体とで明らかに茎の大きさが異なることが分かります。

この茎の様子も日本海側-太平洋岸で異なるのか、将来的に比較してみたいです。

4.主枝

主枝は偏圧した2稜形で、茎の頂端よりらせん状に生ずるとされます*5*6

今回観察した個体では、1年目個体では茎の頂端部より主枝が生じていましたが、越年個体では伸長した茎の側面から主枝が伸び、頂端部からは葉が生じていました(上記2図参照)。

断面については、茎から出た直後は円形ですがすぐに偏圧して2稜形となります。

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主枝は根元は円柱形だがすぐに偏圧していく

石川県 九十九湾 2021.02.19 打ち上げ採集

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主枝の断面図 偏圧した2稜形であることがわかる

石川県 九十九湾 2021.02.19 打ち上げ採集

この平たい主枝はエンドウモクの大きな特徴の一つです。

主枝からは互生的に側枝や葉が生じており、それらは2稜形の主枝の稜側から生じていました。

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石川県 能登島 2021.01.06 打ち上げ採集

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石川県 能登島 2021.01.06 打ち上げ採集

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石川県 能登島 2019.12.21 打ち上げ採集

エンドウモクが属する Sargassum属(Genus Sargassum) は Sargassum亜属(Subgenus Sargassum)と Bactrophycus亜属(Subgenus Bactrophycus)に大別されます。

エンドウモク自身はこの内 Sargassum亜属(Subgenus Sargassum)に分類されています。

そして主枝の稜側から枝葉を出すのはこの Sargassum亜属 の極めて重要な形質なのです。

またこの特徴により、エンドウモクは全体として平面的な枝ぶりとなります。

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Sargassum亜属の枝の出方

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Bactrophycus亜属の枝の出方

5.葉

付着器に近い部分の葉もしくは初期葉は全縁~ゆるい鋸歯状で、縁辺はゆるく波打ち、形は披針形から長楕円形をしています。

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石川県 能登島 2019.12.21 打ち上げ採集

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石川県 能登島 2021.01.06 打ち上げ採集

太平洋岸(千葉県)で採集されたエンドウモクについて、初期葉で分枝が確認されています*7

日本海側でもこの特徴は見られるのでしょうか。

残念ながら私はエンドウモクの幼体を未だ見たことがなく、この場で答えは出せません。

一方で付着器付近の新芽の部分においては、分枝する葉を確認しました。

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右側の葉が上部で分枝している

石川県 九十九湾 2021.02.19 打ち上げ採集

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多くの分枝が見られる個体

石川県 九十九湾 2021.02.19 打ち上げ採集

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富山県 氷見 2021.02.28 打ち上げ採集

藻体中~上部の葉は細長い披針形で、鋸歯もしくは重鋸歯を有しています。

葉の先端は尖るものとやや鈍頭のものがあり、中肋は埋在した形で明瞭に葉の先端まで達し、基部は左右非対称です。

葉のふちは波打つものもあります。

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石川県 能登島 2019.12.21 打ち上げ採集

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石川県 能登島 2019.12.21 打ち上げ採集

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石川県 能登島 2021.01.06 打ち上げ採集

基本的にエンドウモクの葉は分枝しないとされます*8

しかし藻体下部も含め、極まれにではありますが、分枝する葉が見られることがあります。

単に裂けたわけではなく、中肋が両方の裂葉に伸びていることを確認しています。

これが日本海側に特有の現象なのか、太平洋岸でも見られるのかは不明です。

さらに標本の数を増やして検証する必要があります。

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富山県 氷見 2021.02.12 打ち上げ採集

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富山県 氷見 2021.02.12 打ち上げ採集

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石川県 能登島 2019.12.21 打ち上げ採集

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石川県 能登島 2019.12.21 打ち上げ採集

ただし分枝する葉がある場合でも、その割合は藻体全体のごく一部もしくは一枚のみで、やはり極めてまれにしか生じません。

6.気胞

気胞は球形で冠葉を持たず、気胞自体よりも長い柄を有しています。

これはエンドウモクの大きな特徴の一つです。

髄糸はなく、まれに柄の部分に小さな棘を有します。

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石川県 能登島 2019.12.21 打ち上げ採集

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石川県 能登島 2019.12.21 打ち上げ採集

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柄に棘を有する気胞

石川県 能登島 2019.12.21 打ち上げ採集

またまれに柄の部分に大きな翼を持つことがあります。

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石川県 志賀町 2021.02.03 打ち上げ採集

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石川県 志賀町 2021.02.03 打ち上げ採集

7.生殖器

日本海側と太平洋岸で大きく異なるのが生殖器床です。

太平洋岸では雌雄同株で、生殖器床は葉の腋に密に集散状に生じます*9

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新井章吾(1996):形態的特徴からみた日本海におけるスギモクの進化とホンダワラ属フィロトリキア亜属の種分化についての仮説. のと海洋ふれあいセンター研究報告. 2.17-27.

一方で日本海側では雌雄異株であり、生殖器床は葉の腋から伸長する小枝に生じます*10

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新井章吾(1996):形態的特徴からみた日本海におけるスギモクの進化とホンダワラ属フィロトリキア亜属の種分化についての仮説. のと海洋ふれあいセンター研究報告. 2.17-27.

以下に実際に打ち上げ採集で得られたエンドウモクの生殖器床を示します。

写真は全て富山県氷見産、採集日は2020年6月28日です。

まずは雌性生殖器床を付けた個体です。

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雌性生殖器床を有する打ち上げ個体 全体図

富山県 氷見 2020.06.28 打ち上げ採集

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次に雄性生殖器床を付けた個体の写真です。

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雄性生殖器床を有する打ち上げ個体 全体図

富山県 氷見 2020.06.28 打ち上げ採集

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雌雄どちらの生殖器床も途中で又状に分枝することがあります。

また今回は確認できませんでしたが、接合果の特徴を持つことがあります*11

また新井(1996)によれば、太平洋岸タイプの雌雄同株となる個体が福井県にも産することから、これからも生殖器床を付けた個体を注意深く観察していくことが求められます。

8.まとめ

能登半島周辺(日本海側)に産する褐藻

エンドウモク

Sargassum yendoi

は、太平洋産に比べ

 

①藻体が巨大になる

②雌雄異株であり、生殖器床は葉の腋から伸長する小枝に生ずる

 

以上の点で大きな違いがあることが分かりました。

これらのことは以前から明らかになっていましたが、参考にすべき文献資料へのアクセスに手間がかかることやネット上にある画像などは極めて限られていました。

私自身がこうした情報を入手するのに大変苦労したので、自分自身へのためも含めて、ここに情報をまとめておきたいとおもいます。

なお私はホンダワラの専門家ではなく、個人的趣味としてこの記事を執筆しました。

内容に関してはそのすべてが科学的検証に基づくとは限らないことをご了承くださり、参考程度に捉えてくださいますようお願い申し上げます。

本記事を執筆するにあたり

 

島袋寛盛 2014.日本産南方系ホンダワラ属 11回目:平たい主枝をもつエンドウモク. 海洋と生物 36: 403-407.

新井章吾 1996.形態的特徴からみた日本海におけるスギモクの進化とホンダワラ属フィロトリキア亜属の種分化についての仮説. のと海洋ふれあいセンター研究報告 2:17-27.

 

を大いに参考にさせていただきました。

ありがとうございました。

*1:島袋寛盛 2014.日本産南方系ホンダワラ属 11回目:平たい主枝をもつエンドウモク. 海洋と生物 36: 403-407.

*2:吉田忠生 1998.新日本海藻誌.内田老鶴圃,東京.

*3:島袋寛盛 2014.日本産南方系ホンダワラ属 11回目:平たい主枝をもつエンドウモク. 海洋と生物 36: 403-407.

*4:吉田忠生 1998.新日本海藻誌.内田老鶴圃,東京.

*5:島袋寛盛 2014.日本産南方系ホンダワラ属 11回目:平たい主枝をもつエンドウモク. 海洋と生物 36: 403-407.

*6:吉田忠生 1998.新日本海藻誌.内田老鶴圃,東京.

*7:新井章吾(1996):形態的特徴からみた日本海におけるスギモクの進化とホンダワラ属フィロトリキア亜属の種分化についての仮説. のと海洋ふれあいセンター研究報告. 2.17-27.

*8:島袋寛盛 2014.日本産南方系ホンダワラ属 11回目:平たい主枝をもつエンドウモク. 海洋と生物 36: 403-407.

*9:島袋寛盛 2014.日本産南方系ホンダワラ属 11回目:平たい主枝をもつエンドウモク. 海洋と生物 36: 403-407.

*10:新井章吾(1996):形態的特徴からみた日本海におけるスギモクの進化とホンダワラ属フィロトリキア亜属の種分化についての仮説. のと海洋ふれあいセンター研究報告. 2.17-27.

*11:島袋寛盛 2014.日本産南方系ホンダワラ属 11回目:平たい主枝をもつエンドウモク. 海洋と生物 36: 403-407.